●ところが、インターネットの基礎にあるのは明らかに「余暇」なのだ。
●ウィキペディアなどの例でもわかるように、ネット上の多くのコンテンツは見返りを求めない人々の「余暇」によって提供されたものなのだ。
●この意味で「新しい経済」というのは商業経済でさえないことになる。
●スレート誌のマシュー・イグレシアスが示しているように、ネットというのは趣味人たちの楽園なのであり、これから段々と後を継ぐことになるはずの古い経済の「余剰金」によって補助されているものなのだ。
●アメリカの雇用統計の最新版を見てもわかるように、この現実はよく現れている。つまりほぼ二十年間にわたる「ドットコム経済」への熱狂にもかかわらず、経済全体におけるIT企業の占有率はまだ非常に小さいし、この業界の失業率はいまだに高く、去年の統計では失業率が上がった数少ない業界のうちの一つなのだ。
●もちろんこれらはインターネットの革命性を失うものではない。しかしその「革命」というのは、経済というよりも文化で起こったものなのだ。